新種のクラゲを見つけたら…?新種記載はこうやってます!

皆様こんにちは。
クラゲ屋助手のばすてです。

皆様は野外でクラゲ採集しているとき、「こ、これは図鑑に載っていない!? まさか…新種!?!?」なんて経験はありませんか?
私は、ありません

(クラゲの夜間採集のようす)

まあ、こういった奇跡は半分冗談ではありますが、実際のところクラゲは日本の沿岸でもまだまだ新種が色々見つかっています!
新しいものでは2019年8月に沖縄で「 デイゴハナガサクラゲ 」が発見されて話題になりました。さらに、同じく2019年の7月にはなんと当時中学生と小学生の兄弟が和歌山県で新種のクラゲを発見したニュースも報道されています。(こちらはまだ論文投稿されていないようです)
新種に気づける程度のクラゲの知識は必要ではありますが、採集した珍しいクラゲが実は新種だった…という可能性も意外とあるかも?

ところで、みなさんは「新種」がどうやって決まるかご存知でしょうか?
図鑑に載ってないから?? ・・・本が古くて載ってないだけかも??
DNA鑑定?? ・・・良い目の付け所ですが果たして遺伝子の違いだけで決まるのでしょうか。
・・・
種の定義は分析技術の進歩とともに変遷しています。
色々な考え方のある難しい部分ではありますが、今回は記載論文を参考に 「新種」がどうやって決まるのか? のお話をしたいと思います。

 

例えば、まず見たことのないクラゲを発見したとします。

初めは「クラゲの形」を調べ、どのクラゲに近い仲間か、また該当する種類のクラゲがいないかどうか調べます。
調べる際には、図鑑だけでは不十分なので対象となる種類が発見された時に書かれた論文である 「記載論文」 を読みこんでじっくり検討します。

調べる部位は見つけたクラゲの仲間がどんな仲間かによって変わります。
触手の数や水管の分岐形状、生殖腺や胃糸の本数、傘高と傘径の比率や口腕の本数や長さ、眼点や平衡石の数や位置・・・などなど色々な部位がありますが、
その仲間だと決めるのに特徴的な部位や、先に論文で記載されている既知種たちを分類するのに使われた部位は特に重要です。
例えば、先ほどお話しした「デイゴハナガサクラゲ」は傘縁にたくさんの触手があり、4本の生殖腺がある点や色のついた外傘触手がある点、放射状の水管や傘の模様などが「ハナガサクラゲ属」の特徴に当てはまります。
ハナガサクラゲのように、とてもたくさんある触手や模様も、新種として記載できるのか調べるためには1本ずつきちんと数えなければなりません…!

これは普通のハナガサクラゲ Olindias formosus

形は1個体だけでなく、なるべく多くの個体や色々なサイズ・成長段階についても調べます。
先にお話した通り、その1匹が特殊な状態(怪我をしている、弱っているなど)になっている可能性もあるので、
できれば数十匹くらいは形を調べて、平均値や中央値を記録しなければなりません。
「デイゴハナガサクラゲ」では稚クラゲの段階において触手の数が既知種とは異なるとされています。
できるなら発見したクラゲからプラヌラを採取してポリプや稚クラゲの形態も調べておく事が望ましいですね。

形を調べた後は 「模式標本(ホロタイプ)」 という標本を作ります。
新種のクラゲが本当にいましたよ!という証明や、後で新種が見つかった時に論文に記載した部分以外も観察できるように長期保存しておく、
この世に1つの大切な標本です。
ですが、クラゲ類は体がふにゃふにゃのプルプルで長期保存が難しい…!ホルマリン固定したクラゲ標本でも数年前のものですらドロドロになってしまいます。
ですので、クラゲ類は特に、 最初の記載論文でしっかりとなるべくたくさんの形態を記録しておく 必要があります!!
一方、最近では映像をホロタイプとして記載した例もありました。こちらは採集や保存が難しい深海のクシクラゲの一種で使われた方法ですが、今後はそのような事例も増えるかもしれませんね~。

 

しかし、形だけではそのクラゲが住む環境が理由で違う形になっているのかどうか判断できません。
例えば、同じ種類でもその海域に多い餌の種類によって色が変わってしまったりしているのかもしれません。
たくさんのクラゲのたくさんのパーツを丁寧に数えるのは結構大変ですが、残念ながらそれだけではまだ足らないのです…。
そこで使われるのが遺伝子分析です。

さて、遺伝子分析の説明の前にちょこっとだけ遺伝子の用語について説明します。
 ゲノム 」「 遺伝子 」「 DNA これらの言葉は実は全て違うものを表しています。この違いが分かると、遺伝子に関連する研究がちょっと分かりやすくなるはずです!(高校生物ではセントラルドグマとかのお話が出てくるので知ってる人は懐かしいかも…?)

まずこの中で一番大きいのが「 ゲノム 」です。よく教科書などだと生物に必要な遺伝情報1セット、とか書いてますが分かりづらいですよね…💦
言い換えると、その生き物が持っている遺伝情報全体が「 ゲノム 」です。(コピー数や量関係なく’情報’としての全体です)
情報は塩基配列で構成されていて、簡単に言うと「A・T・G・C」の4種類の物質が並ぶパターンで出来ています。
0101…が並ぶ二進法の機械みたいですね!
機械では数字のパターンは電気の信号になりますが、生物では塩基の配列はアミノ酸やタンパク質などに変換されます。

 ゲノム は細胞内で「転写」や「翻訳」が行われます。
「転写」は簡単です。同じ内容をコピーします。
「翻訳」はちょっとだけ難しいです。
生き物の中の遺伝情報全体であるゲノムには実は、使うところ(エキソン)と使わないところ(イントロン)があります。
そのゲノムから使うところだけの配列を作り出すのが「翻訳」です。

次に「 遺伝子 」は遺伝情報のうち、生き物の生存に関わる部分(タンパク質を作る情報を含んだ部分)の事です。
先ほどの「翻訳」の説明を思い出してください。「 ゲノム 」は翻訳されると使うところだけになりましたよね?
つまり、「 遺伝子 」というのは「 ゲノム 」の一部分という事です。
(エキソン=遺伝子という事になります。なんで別の用語があるのかと言いますと、エキソンは遺伝子領域について話す時に使われる用語、というのもあります。。ややこしいですね。)

最後に「 DNA 」は物質の名前です。 ゲノム を構成する塩基は鎖のようにつながった構造をしています。このうち2本鎖が「 DNA 」、1本鎖が「RNA」です。
 DNA 」は安定した物質なので、遺伝情報を保存しておく時の形です。(つまり普段はDNAの状態でいる)
そこから、「転写」や「翻訳」が行われるときに「RNA」が登場します。「翻訳」が行われた後の(これからタンパク質になる)遺伝子はmRNAという種類のRNAに変わります。

さて、「 ゲノム 」「 遺伝子 」「 DNA 」の違いは何となく分かりましたでしょうか??
覚えておくと便利かも?

 

本題の新種のクラゲの遺伝子分析に入ります。ちょっと難しい内容なのでややこしくてごめんなさい…。
(本当は遺伝子以外が含まれた領域を調べるので遺伝子分析よりも分子生物学的検討、とかの方が正確です)
クラゲ類では、ゲノムのうち一部分の配列を調べる事で、同種かどうか比較します。(部分塩基配列解析といいます)
もし出来るなら全部のゲノムを比較できればいいのですが、まだまだ今の技術ではたくさんの個体の全ゲノム解析はかなり莫大な時間(とお金…)がかかります。そのため、ある程度変異の多い特定の一部分(300~2000塩基くらい)をいくつか使います。

生き物のゲノムには変異(ATGCの並びの変化)が起こりやすい部分とそうでない部分があります。変化しにくい部分だと、種や属をまたいでも同じ配列になっているため、新種かどうかの比較には使えません。一方で変異が早すぎる部分では、種どころか個体ごとに違う配列のグループが出来てしまって、これも比較出来なくなります。ほどよい変異しやすさの部分を使って配列を調べます。この配列はクラゲの分類によって大体どの領域を使うのかが通例として決まっています。(ハナガサクラゲでは16S、ミズクラゲではCOIと18SとITS1…という名前の部分など)できれば複数の配列で比較するのが望ましいです。

調べた塩基配列は、新種かもしれないクラゲとそれに近い種類のクラゲ、ちょっと遠い種類のクラゲと並べて比較します。
比較と言っても形の比較とは違い、ひとつづつ数えたりはせずに解析ソフトを使ってどのくらいの違いがあるのかを統計学的に計算します。

触手数えるのとか面倒だから最初からDNAを使って調べればいいじゃん!と思われるかもしれません。
しかし、ゲノムのほんの一部分だけを調べていると、その一部の中ではたくさん違いがあったとしても、もしかしたら全体ではほんの少ししか違いが無いかもしれません。また、DNAは生物を構成する要素ではありますが、生物そのものではありません。
ですので、 生物そのものである形態の比較も新種の記載に重要 とされています。

 

また、「新種」には全く新しい形のクラゲを見つけたパターンと、
 同じ種類のクラゲだと思っていたけど実は別種だったパターン があります。
後者の実は別種パターンは 「隠蔽種」 と呼ばれていて、先ほど出てきたデイゴハナガサクラゲや、リュウセイクラゲ、キタノアカクラゲ(別名:ニチリンヤナギクラゲ)などがこのように発見されています。
隠蔽種を見つけるには、その種類のクラゲの形をしっかり観察して、野外でクラゲを見つけたときに「あれ、いつもと形が違う?」と思える観察力が必要です…!

さて、ちょっと今回はお勉強メインの記事になりましたが、「形」と「DNA」の2つを比べて新種が決まっているんだな~とご理解頂ければ嬉しいです!
この2点で比べるのはクラゲだけでなく、他の多くの生き物もこのように新種記載しています。

もし本当に新種かもしれないクラゲを見つけた際は、生きたまま大学やクラゲに詳しい水族館などに持ち込むのが一番良いかと思います。
みなさんも楽しくクラゲ観察してくださいね! もしかしたら、新種に気づけるかも…?

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